DXで変わる在宅医療現場視点で見つめる在宅医療の今
昨今どんな分野においてもDX化が騒がれています。医療の現場も例に漏れずその波の影響を受けており、かくいう私も昨年秋に「病院DX」という本を、共著で、上梓いたしました。これが、いろいろなところで読まれ、それなりに評価され、さまざまなところから、働きかけが出てきました。
今回はそんな在宅医療におけるDXに関して私なりの考えを書ける範囲で書いていこうと思います。
目次
在宅医療DXとは?
そもそも在宅医療DXとは、どんなことを指すのでしょうか。
この記事そして現代の在宅医療における最も大事な基盤です。
DXとは、デジタルトランスフォーメーションのこと。さまざまな情報のデジタル化、その組織化などを通じて、社会全体の仕組みを変えていくこと、あるいは変わってしまった社会のことを指すのです。
デジタル化と一言で言ってもそれには大きく分けて3つの段階があります。「デジタイゼーション」、「デジタライゼーション」、そして今回取り上げている「デジタルトランスフォーメーション(DX)」です。
それぞれ詳しく見ていきますと、
デジタイゼーション :紙に書かれた情報などをデジタル化すること。アナログデータをデジタルデータに変換すること。
デジタライゼーション:デジタル化されたデータを取得すること、あるいは提示することの自動化など、プロセスそのものを自動化していくこと。
DX :上記プロセスを上手に使いながら組織、社会などを変革していくこと。あるいは変革された結果。
何を言っているのかわからないと思うので、カルテを例にとって少し説明したいと思います。
デジタイゼーション:紙カルテに書かれている内容をデジタル化する。紙で出力されていた検査結果などを、デジタルデータにして、電子カルテ上で見ることができるようにする。
デジタライゼーション:電子カルテに検査データを取り込むことを自動化する。カルテそのものの仕組みを工夫しながら、デジタル化された情報を統合的に見ることができるようにする。
DX:電子カルテを利用することによって、従来の往診というスタイルとは違ったスタイルでの在宅医療が展開される。あるいは社会の仕組みの中への在宅医療の組み込まれ方が大きく変わっていく。社会で在宅医療が果たす役割が変わる。
こんな感じです。もちろん、どこまでがデジタイゼーション、デジタライゼーションで、どこからがDXかということに関して、明確な線引ができるわけではありません。
また、これらの言葉が暗示する内容としては、効率化、労働生産性の向上というものがあります。
これらに注目して、DXもみていく必要があるのです。
医療提供側のDX
私が訪問診療にどっぷりと浸かり、その魅力に魅せられるようになってから、7年半が過ぎようとしています。
そんな私ですが、訪問診療を始めて半年くらいの時でしょうか、「さあ、今日も頑張って訪問診療に出かけるぞ」と訪問車(アクア)の中に腰を下ろした瞬間、急に心を支配した感慨がありました。
「あ!まさに今なんだ。訪問診療が今のように成り立つようになったのは、今だからこそなんだ。なんて素晴らしいタイミングなんだろう」
まず、車に乗って患者さんの家の住所をナビに入れます。
そうすると、地図と睨めっこすることなく私たちを患者さんの家まで連れて行ってくれます。
当初は車に搭載されたナビシステムに電話番号などで患者さん宅を入力していましたが、現在は、スマホで閲覧できる電子カルテの中に記録されている患者さん住所から、ワンタッチで、スマホの中のマップに飛び、それを使ってナビゲーションするようになりました。
ですから、訪問車の中にはスマホホルダーが必須です。
スマホの中のマップを見ながらの運転になるので、やや見づらいなあと思っていたら、最近はスマホの画面を車のナビシステムの画面に飛ばしてみることができるようになってきました。
まだまだ使い勝手が悪いですが、方向性としてはそちらに向かうでしょう。
スマホと車載された大きな画面を保つ情報システムとが、お互いに情報交換しながら、その得意なところで力を発揮するといった状況になると思います。
もしかしたら、電子カルテそのものが、車に搭載された情報システムで使えるようになる日も近いのではと想像されます。
これがなかったら、月に60人ほどの新患、日に5件以上の臨時往診依頼に応えることは到底できないでしょう。
ありがとう!ナビシステム。
というか、情報端末として発展しつつある、スマホと車!
患者さんのDX
ウェアラブル端末。つまり身につけることができる端末ということですね。
代表的なものは皆さんご存知のアップルウォッチでしょうか。
ある患者さん家族の使い方を見せてもらってから、アップルウォッチに関心を寄せてきましたが、ついに数ヶ月前に購入し身につけるようになりました。
そうしたら、その便利さにかなり魅了されてきています。
まずは、私が触発されたある患者さんとその奥さんの使い方についてお伝えしたいと思います。
それは、転倒通知機能です。
これは着用者が転倒したことを検知し必要に応じて緊急通報サービス(119)に連絡する機能なのですが、同時に登録してある緊急連絡先にも自動でメッセージを送ることができます。
ですから、患者さんの腕に常にアップルウォッチをつけておくと、転倒した際に、登録してある奥さんのアップルウォッチに連絡が行くのです。
転倒したことを、同じ家の中にいる、あるいは買い物に出かけている介護者に知らせることがなかなかできない場合が多いのですが、それを自動でやってくれるのです。
そのご夫婦は、この機能で何度も助けられたと、少し自慢げにお話になりました。
私自身は自分のアップルウォッチのこの機能は「オン」にしてありませんが、先日ある患者さんのところに行ったら、転倒して3時間、家の中にいる奥さんに気付いてもらえなかったと言っていました。
経済的に恵まれたご夫婦のようなので、早速この機能を紹介し、アップルウォッチの購入をお勧めしました。
もう1つ、驚かされたウェアラブル端末をご紹介します。
皆さんは、FreeStyleリブレという血糖測定装置をご存知ですか?
円盤状本体に細い針状のセンサーが出ていて、それを上腕の裏側に刺しておくと、最長14日間の装着期間中、グルコース値を毎分測定し、15分ごとに保存します。
それをスマホのアプリで読み取って、グラフ化してみることができるというものです。
2週間の間、15分ごとの血糖値を測ってくれるので、食後高血糖とか、空腹時血糖値などを、いつでもみることができるのです。
すごいと思いませんか?
センサーは一個、7000円くらいで、アマゾンでも販売しているので、誰でも購入できて利用することができます。
センサーの装着だけ医師や看護師が行えば、血糖値の測定は、アプリを立ち上げた状態のスマホをかざすだけなので、家族でも、介護士でも、事務職でも、誰でも測定できて、記録しておくことができます。
今まで、血糖値の測定を頻回にしなければいけないという理由だけで、入居を断っていた施設などでは、血糖が安定するまでの間はこれを使うことにより受け入れることができるようになるのではないでしょうか。
また、患者さんも常に血糖値がわかるので、食事内容を自分でコントロールすることができるようになります。
実は、私も時々使って、自分自身をコントロールしています。とってもいいです。
また今年中には、腕時計型の血糖測定用ウェアラブル端末が出るという噂も、、、
時代は急速に変わっていきますね!!!
DXの広がりはまだまだ続く
続いて、これからのDXを語る上で欠かせないと個人的に考えているMaaS(Mobility as a Service)を取り上げてみたいと思います。
日本語では「次世代移動サービス」と訳されています。
MaaSとは、様々な移動手段(Mobility:モビリティー)をデジタル技術でつなぎ、利用者が主体的に便利に使えるサービスを提供することを言うようです。
こういう意味では、訪問診療そのものもMaaSという側面を持ちますが、もう少し踏み込んだシステムがいろいろな地域で始まっています。
看護師が乗り込む移動診察車が、過疎地などの現場に出向いて、医師との間で遠隔診療を行うシステムが、モネ・テクノロジーズを中心として開発されているようです。
このようなシステムが広く利用されるようになると、D to P with P(Doctor to Patient with Nurse)という診療形態が一般的になるわけです。
AIでタクシーの相乗りを促す動きも、私の地元つくば市で始まっています。
まだ実証実験の段階のようですが、AIが乗り合いタクシーの病院への最適なルートを計算し、通院時間や交通費を減らしていこうというシステムのようです。
さてさて、私どもが展開する地域では、どのようなMaaSを実現していきましょうか?
連携している訪看、施設、ケアマネ、さらには自治体と共通の検討基盤を作っていければいいですね。
デジタルにも心は込められる
最後に「医の心」とDXについて、お話ししたいと思います。
この連休に、私は「いのちの停車場」という本を読みました。
昨年映画化されて話題になった在宅医療を扱った本なので、ぜひ一度は読んでみたいと思っていました。
さすが、話題になっただけのことはあり、また著者が医師であるだけに、描写が的確かつ詳細で、引き込まれながら読了しました。
在宅医療が抱えている様々な問題点を浮き彫りにしつつ、それをなんとか解決していこうという姿勢に、深く共感いたしました。
ぜひ皆さんもご一読いただければと思います。
映画の方も、私の大好きな広瀬すずさんも出ているようなので、ぜひ見たいと思います。
ただ、読んでいて、ひとつだけ気になったことがありました。
そして一回気になると、とても大きなことのように思えて、物語に没頭できない面がありました。
それは、全編を通して、在宅医療におけるDXを感じさせる場面が一回も出てこないことです。
今やどこの診療所でも使っているであろう電子カルテも出てきませんし、スタッフの連絡手段は全部電話や手紙です。チャットなど出てきません。
描き出された景色は、まるで昭和中期、私の少年時代のような、モノトーンの世界です。
なぜでしょうか?あまり深く考えることはないのかもしれませんが、私にはとても違和感がありました。
情報機器を駆使した現在の一般的な在宅医療の場面は、何か機械的で心がこもっていないというように読者が感じてしまうのではないかと、著者が恐れているように感じてしまいます。
ちょっとニュアンスが違うかもしれませんが、「手作り」と冠すると何でもおいしく感じてしまうとか、令和は昭和よりも心が置き去りにされているという先入観を打破できないでいるみたいな感じを受けるのです。
考えすぎでしょうか?
皆さんの心の中にも、何かそんな先入観、あるいは固定観念みたいなものはないでしょうか。
デジタル イコール 非人間的
アナログ イコール 人間的
ですから、現在私の中での在宅医療DXとは、このような固定観念を打破して、人間的な在宅医療を、デジタル技術を用いて、より多くの方々に提供できるようになったことであると考えています。いかがでしょうか?
参考文献
「あい」のメルマガ(連携編)《新シリーズスタート/在宅医療におけるDX-1-≫№60-2022.03.18号
「あい」のメルマガ(連携編)《訪問に欠かせない車載情報システム/在宅医療におけるDX-2-≫№61-2022.03.25号
「あい」のメルマガ(連携編)《そもそも在宅医療DXとは?/在宅医療におけるDX-6-≫№65-2022.04.22号
「あい」のメルマガ(連携編)《医の心とDX/在宅医療におけるDX-9-≫№68-2022.05.13号
「あい」のメルマガ(連携編)《血糖値も測れるウェアラブル端末/在宅医療におけるDX-11-≫№73-2022.06.17号
「あい」のメルマガ(連携編)《医療×MaaS、どう実現させる?/在宅医療におけるDX-13-≫№75-2022.07.01
※このコラムは、医療法人あい友会メルマガ「あいのメルマガ」を再編集したものです。