「黒岩メソッド」とは?口腔ケアのやり方と効果を徹底解説

野末 睦
医療法人あい友会 理事長
野末 睦

「黒岩メソッド」とは当院で取り組んでいる口腔ケアの名称であり、摂食嚥下機能改善をも視野に入れたものとなっています。私たちは、「黒岩メソッド」の提唱者である黒岩先生に、月に一度太田まで来ていただいて、患者さんの口腔ケアをしていただきながら、真髄を学んでいるのです。今回はそんな「黒岩メソッド」の手順をご紹介します。

黒岩恭子先生 歯科医師
1944 年神奈川県生まれ。
1975 年茅ヶ崎市にて村田歯科医院開設、院長を務める。
1987年より高齢者を対象とした訪問診療を開始。
著書『なぜ「黒岩恭子の 口腔ケア&口腔リハビリ」は食べられる口になるのか』など多数。
口腔ケアに使用する「くるリーナブラシ シリーズ」を開発。全国の歯科医院と連携しながら病院や介護施設、個人宅などを訪問し、自身が考案した口腔ケア「黒岩メソッド」の普及活動を行なっている。近年では世情に考慮し、オンラインの活動も開始している。

黒岩メソッドで大切な3つの事前準備

ステップⅠ 情報共有

あらかじめ大人数で伺うことに同意していただいている患者さんのところに、黒岩先生と私たちのクリニックスタッフ、そしてその患者さんを診ていただいている歯科医師、歯科衛生士など、総勢10名ほどで訪れます。

出発前には、その患者さんの診療情報、口腔内の写真などを黒岩先生はじめ皆で共有し、その日おこなう口腔ケアの内容、流れをおおよそ決めておきます。

ステップⅡ 姿勢を整える

患者さん宅に到着し、皆でご挨拶をした後、まずは口腔ケアをおこなうための姿勢を整えます。

これはとても大事なファーストステップです。

姿勢を上手にとると、体が安定して、咬筋などの緊張が取れ、口腔ケアをやりやすくなるだけでなく、嚥下運動もしやすくなります。

ですから、ケアを行っている最中の誤嚥も防ぐことができるのです。

この際、車いすに乗って食事をしている方は、車いすでの姿勢を多くのクッションなどを使って整えていきます。

その時のチェックポイントは、両足がしっかりと床についているかどうか。

もし足が床に届いていない場合は、足台などを準備しておこないます。

次に、体が左右に傾かないようにします。

その時にひじの下にはやはり、クッションを入れて、腕を自力で支える必要がないようにします。

そして最後に、背中にもクッションを入れて、体が垂直になるようにします。

できるだけ、前傾座位になるようにするのです。

この時、クッションのほかにも、バスタオルなども使いますが、黒岩先生が好んで使うのは、バランスボールです。

さまざまな大きさのバランスボールを使うだけでなく、バランスボールの中の空気量も調整して、最適な支えができるようにしていきます。

このバランスボールは次のステップの筋肉のリラクゼーションでも力を発揮します。

ベッド上で口腔ケアを行う場合も、同じように姿勢の安定を図ることがとても重要で、加えて多くの場合、完全側臥位で行います。完全側臥位を安定させるためには、やはりクッションやバスタオルを使います。

バランスボールもやはり使いますが、坐位の時に比べて姿勢安定のための出番は少なくなります。

このように、摂食嚥下(*1)のところで出てきた前傾座位、完全側臥位という概念が、黒岩メソッドという口腔ケアの場面でも出てくるのは、とても興味深いですね。

さまざまなことがつながっているのです。

(*1)摂食嚥下については過去メルマガで取り上げております。メルマガ登録するとアーカイブからご覧いただけます。

ステップⅢ マッサージ

姿勢が整ったところで、次のステップに入りますが、それはバランスボールによる全身の筋肉のマッサージです。

完全側臥位で口腔ケアを受ける人にたいしては、文字通り足の先から頭のてっぺんまで、数人で、バランスボールを用いてマッサージしていきます。

そうすると不思議なことに、拘縮していた関節の可動域が少しずつ広がってきます。

また胸郭の動きもよくなってきます。

坐位で口腔ケアを受ける人に対しては、上半身を中心に、同じようにバランスボールを使ったマッサージを行っていきます。

そうすると、やはり不思議なことに患者さんの表情が少しずつ豊かになってきます。

なかにはにっこりと微笑むような表情をされる方もいらっしゃいます。

私たちも、筋肉のマッサージなどを受けるととてもリラックスして、いい気持ちになりますよね。

まさにその通りなのです。

このようにして全身、上半身のマッサージを進めつつ、実際の口腔ケアに携わるスタッフは、口の中からの咬筋のマッサージに入ります。

私たちもそうですが、患者さんは特に、口の中に指を入れられることに関して、恐怖を感じることがあります。

そのようなことを避けるために、この咬筋のマッサージに入る時には、音楽を流したりします。

患者さんの意識レベルにもよりますが、童謡だったり、演歌だったり、私が多少音痴な歌を歌ったり。

その時は「ふるさと」「赤とんぼ」などなど。

歌詞を思い出しながら、、、、時々は「YouTube」の力を借りたり。

ほほの筋肉が緩むと口腔ケアこの後の実際の口腔ケアがやりやすいのと同時に、患者さん自身の苦痛も軽減され、うまくいくと口腔ケアを受けることが「快感」にもなるのです。

黒岩メソッドによる口腔ケア

ステップⅠ 口腔内の保湿

姿勢が整えられ、全身の筋肉もリラックスし、咬筋も緩んできました。

いよいよ口腔ケアそのものに入っていきます。

その最初のステップは口腔内を湿潤環境にすることです。

言葉を変えると保湿です。

患者さんの口腔内は、ほとんどの場合「からから」に乾いています。

その原因にはいろいろありますが、まず今のような冬季は、関東地方はもともと大気が乾燥しています。

そこにもってきて、最近は暖房のためにエアコンとか電気毛布などを用いていますが、これらは石油ストーブの燃焼時のように水分を出さないので、はるかに乾燥しやすくなっています。

次に、患者さんの多くは、起きているときは鼻呼吸でも、眠っているときは口呼吸になっています。

そうすると状態の悪化とともに、眠っているあるいは意識レベルが下がってくると口呼吸の時間が増えて、「からから」になるのです。

さらには、酸素投与を受けている患者さんの場合は、その酸素の流れによって、さらに乾燥しています。

酸素には加湿していないことが多いので、ほぼ湿度0%の気体が流れていきます。

過酷な状況ですね!

このような理由で、患者さんの口腔内は「からから」なのです。

そんな患者さんの口腔内に、「のみや水」という水分を多く含んだゼリーと保湿ジェルを混ぜて、モアブラシにつけて、口腔内全体に広げていきます。

その時に舌の周囲にある筋肉も、少しずつほぐしていきます。

そうすると、口腔内は湿ってきて、唾液の分泌もわかるようになり、さらには舌苔も少しずつ取れてきます。

患者さんもとても楽そうな表情をしています。

固い舌ブラシでそぎ落とすようなことは避けます。

傷がついてしまいますし、患者さんも痛いので、次回の口腔ケアが困難になってしまいます。

このように、口腔内の保湿が進むと、先ほど述べたように、コロナなどの感染症にかかりにくくなります。

そしてのどのひりひり感が軽減します。

がんの末期の方もほとんどの方が乾燥によるのどの痛みを訴えますので、口腔ケアによる保湿が重要になってきます。

一般にがん患者さんに対する緩和ケアを疼痛コントロールだけだと勘違いしがちですが、このように口腔ケアも重要な緩和医療なのです。

私たちは、緩和口腔ケアと呼んでいます。

また味覚が戻って来ることさえあるのです。

この口腔内の手技は、誰がやっても大きな危険がないので、施設の介護士さんなどにも積極的にお願いしています。

ステップⅡ 咽頭ケア

さて、、口腔ケアの中でも黒岩メソッドの真骨頂でもある「咽頭ケア」についてお話したいと思います。

咽頭とは、上咽頭、中咽頭、下咽頭に分かれますが、口腔ケアの延長で行う咽頭ケアは、主として中咽頭に対して行います。

口蓋垂(のどちんこ)の奥、舌の後ろ側を特殊なブラシを使ってきれいにしていくのです。

中咽頭には、時として、汚い痰や気道分泌物がこびりついています。特に冬季はのどがカラカラに乾いていますので、気管から排出された痰が、喉の奥にくっついて、離れなくなってしまうのです。

そうすると、その部分の繊毛の動きも悪くなり、痰を口腔内に出し、排痰する機能も低下してしまうという悪循環に陥ってしまいます。

そして、汚い分泌物が中咽頭にこびりついていると、唾液と混ざって、その一部が気管に入り込み、誤嚥性肺炎を引き起こしてしまうのです。

また、こびりついた痰は、通常の吸引ではきれいに吸引することができません。

こびりついてしまっているので、通常の吸引圧では剥がれないことに加えて、そもそも吸引チューブで、中咽頭をくまなく吸引することが難しいのです。

このように中咽頭にこびりついた痰をきれいに取り除くのが、黒岩メソッドによる「咽頭ケア」になります。

そのステップを簡単に書くと、

1:中咽頭に水分を届け、こびりついた痰を浮き上がらせる。

2:浮き上がった痰を、黒岩先生が開発したファンファンブラシという特殊なブラシでからめとる。

3:繊毛の運動が回復するので、自力での痰の喀出が容易になる。

という3つのステップになります。

ケア前の咽頭の内視鏡画像。白く映っているのが痰。
ケア後の咽頭の内視鏡画像。

この咽頭ケアは、喉の奥、つまり誤嚥しやすいところをきれいにすることもあり、またファンファンブラシの使い方も独特なので、咽頭ケアを行ったり、ファンファンブラシを手に入れたりするには、黒岩先生からコツを教わったり、実技のテストを受けたりする必要があります。

あい友会のメンバーのうち、何人かがこのトレーニングを受け、咽頭ケアを行ってもよいとのお墨付きを得ています。

口腔ケアの輪を、太田で、庄内で、駒形で、広げていきたいと思っています。

ご協力、どうぞよろしくお願いいたします。

参考文献

「あい」のメルマガ(連携編)≪当院で取り組む口腔ケア「黒岩メソッド」-1-≫ №48-2021.12.24号

「あい」のメルマガ(連携編)≪当院で取り組む口腔ケア「黒岩メソッド」-2-≫ №51-2022.01.14号

​​「あい」のメルマガ(連携編)≪当院で取り組む口腔ケア「黒岩メソッド」-3-≫ №52-2022.01.21号

「あい」のメルマガ(連携編)≪当院で取り組む口腔ケア「黒岩メソッド」-4-≫ №53-2022.01.28号

※このコラムは、医療法人あい友会メルマガ「あいのメルマガ」を再編集したものです。

この記事を書いた人 野末 睦
医療法人あい友会 理事長
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総合内科 消化器外科 日本在宅医療連合学会 認定専門医

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