【フェローシップ】「スケールしないこと」をあえてやる。AI時代の医師教育と、職人(Expert)が集う場所
こんにちは。医療法人あい友会理事の瑞樹です。
医療法人あい友会では、日々の訪問診療を通じて地域医療の質を高めることはもちろん、その担い手である「医師の教育」にも並々ならぬ情熱を注いでいます。
今回は、当法人で今年度より開講した若手医師向けの特別プログラム「Fellowship in Home-Based Primary Care Medicine(在宅医療臨床フェローシップ)」について、その熱い現場の様子をレポートします。
※なお、ここで言う「若手」とは、年齢が若いという意味ではなく、「在宅医療」の分野における診療経験が無いまたは短い医師を指していることにご留意ください。
あい友会が仕掛ける「本気のフェローシップ」とは
このフェローシップは、これから在宅診療医として、また総合診療医、プライマリーケア医としての専門性を深めようとする若手医師(フェロー)を対象として行われている1年間の集中プログラムです。
医学教育のスペシャリストによる指導
プログラム・ディレクターを務めるのは、当法人の教育研修研究部・部長であり、医学教育のスペシャリストである齋藤中哉医師です。
齋藤医師は、日本内科学会認定総合内科専門医でもありますが、最大の強みは、北米でも先進的な医学教育を実践していることで有名なハワイ大学医学部の医学教育室で、学生教育と医師教育プログラムを立案し、実際に運営・指揮してきた経験を持っていることです。
フェローシップの目的と運営方針
開催要項には、以下のような理念が掲げられています。
【目的】
1. 医師である前に、人間として謙虚であり慈愛に満ちた人格を涵養する。
2. 在宅医療の現場に在って医師として卓越した診療の智技を発揮する。
運営方針も特徴的で、「水平性の確保」として、プログラム内では年齢や経験年数に関わらず全員が平等の立場をとり、「先生」という呼称を廃し、First Name(名前)で呼び合うことがルール化されています。
また、「3C(Compactness、 Consistency、 Continuity)」を原理とし、少人数の固定メンバーで密度の高い時間を共有します。
フェローシップの様子
今回は、このフェローシップのメインコンテンツである、齋藤医師により行われる月1回の集中セミナーに、思いがけず最初から最後まで参加する機会を得ました。
そこで行われていたのは、単なる座学(=一方通行の知識の伝授)とは一線を画す、白熱した「診断のディベート」でした。
「間違い」が許容される、得難い土壌
今回のセッションは、ある診断の立場に立ってそれを正当だとする論拠を述べたり、あるいは相手の診断の誤謬(ごびゅう)を論理的に指摘したりといった能力を訓練する回でした。
議論の中身も重要ですが、特筆すべきは、そこに醸成されていた圧倒的な心理的安全性です。
教育の場ということもあり、時には実験的な発想や挑戦的な意見、あるいは少し保守的な考え方、時には間違いを含む発言が出ることもありますが、それらが頭ごなしに否定されることはありません。
・「なぜそう考えたのか?」
・「その思考の背景には何があるのか?」
多様な背景と経験を持つ医師たちが、互いの発言を許容し、深掘りしていく。
高度な議論の中で垣間見えたのは、フェローシップが掲げる「友愛に満ちた暖かい教育研修環境」そのものでした。
専門的な知識がいかにして医師の思考回路にインストールされ、血肉となっていくのかを目の当たりにした気持ちです。trial and error が許容される心理的安全性のもと、そのプロセスが進む。非常に得難い土壌が育ちつつある手応え、そして力強い未来の礎を肌で感じ、感動しました。
平等な立場で知の汗を流す
本来は途中で休憩を2回挟みながらの3時間のセミナーのはずでしたが、フェローもディレクターも運営を支えるスタッフも、一度の休憩も取ることなく、あっという間に終わってしまいました。
これは、休憩を取らせなかったということではなく、休憩を取ることも忘れるほど、みな没頭し、楽しかったということです。
齋藤医師は、フェローだけでなく、運営を支えるスタッフや、当日の私のような飛び入りの見学者も含めて、全員を混ぜて平等に応対しセッションを進行しました。
医師ではない者まで医師のトレーニングプログラムに参加できてしまうというのは、逆にこのプログラムのすごさであり、参加する者の特権のような気がしました。
3時間後、「全員でプレーし、試合に勝ったぞ!」というような余韻、気持ちのよい「知の汗」を流した感覚に、まさに全員で浸りました。
スマートウォッチのアラート、AI、そして医師の判断力
今回のセッションでは、The New England Journal of Medicine (NEJM) の 名シリーズの一つである Clinical Decisions から、Anticoagulation or Antiplatelet Therapy for Device-Detected Atrial Fibrillation (NEJM 2025: 392;1749-1751) が取り上げられ、フェローとプログラムディレクターが事前に決められていた二群に分かれ、協働討議(debate)を行いました。
取り上げられていた内容は、現代を象徴するような一例です。
「スマートウォッチのアラートで短時間の心房細動が検知され、驚いた患者がプライマリーケア医のもとに相談に来た」
患者さん本人には自覚症状が全くありません。
ウェアラブルデバイスの進化により、これまでは定期健診でも拾えなかったような微細な体の変化が、アラートとして医師の元へ届く、時代ならではのケースでした。
「機械が異常だと言っているが、本人は元気」という状況で、医師はどう対処すべきか? アラートの閾値設定一つで、病気とも健康とも言えてしまう(と思ったのは僕の感想なので、実際のところは病気として取り扱うべきかもしれませんが…)。
以前と比較すれば、圧倒的に情報過多(Input多量)時代における医師の苦悩と、そこで求められる高度な判断力が浮き彫りになったような事例でした。
このような時代の最先端を行くケースで臨床能力を高めていくことも、新たな局面に常に対応し続けるメンタリティを育てるために、必須なことだと思います。
これからも時代に合った症例を用いたケーススタディ、トレーニングをすることの重要性を感じました。
「サブ脳みそ」としてのAI活用
また、フェローシップに参加する医師たちはAI(ChatGPT)を当たり前のように活用していました。
知らない単語や薬剤があれば即座にAIに問いかける。
AIを単なる検索ツールではなく、自分の「サブ脳みそ」としていかに育て、使いこなすかという次元での利用方法のように見受けられました。
テクノロジーと共存しながら、人間(医師)にしかできない判断を下していく。
そんな未来の医師像が、このフェローシップで形作られていっているように思えます。
診断の「癖」をメタ認知する:志水教授の教え
この高度な議論を通じて思い出したのが、以前お話しする機会があった、総合診療のトップランナー的存在である、獨協医科大学総合診療医学・総合診療科の志水太郎教授(『診断戦略』著者)の言葉です。
志水教授は、ご自身の診断プロセスを驚くほどメタ的(客観的)に分析されていました。
医師も人間です。診断時には、認知バイアスがかかり得るので、どのようなバイアスがあるか把握し、それぞれどう対処するのかについても知っておく必要がある、ということをおっしゃっていました。
専門的には、Anchoring、Availability bias、Confirmation、Overconfidence、Premature closure、Representativness、があるようですが、詳細はぜひ『診断戦略』をお読みください。
また以下のような、生理的・環境的な要因が、実は診断や意思決定にバイアス(偏り)として影響を与えています。
・「疲れているときは判断が後ろ向きになる」
・「お腹が空いていれば急ぎ気味になる」
・「検査予約が埋まっているから、無意識にその検査を先延ばしにするプランを立ててしまう」
志水教授は、そうした「自分の思考の癖」とも言える、「認知バイアス」を常にモニタリングし、フィードバックし続けることこそが、診断の精度(Accuracy)と解像度を高めると説かれていました。
今回のフェローシップでも、各医師が下す判断には、論文の知識(エビデンス)だけでなく、彼らのこれまでの「経験」や「思考の癖」が反映されていました。
だからこそ、齋藤医師のような熟練の指導医や、フラットに議論できる仲間たちと「思考のプロセス」を晒し合うことでどこにバイアスがあるのか、どこに知らない事があったのかを論じあい、ポリッシュしていくことが重要なのだと確信しました。
職人が職人を育てる。「スケールしないこと」をする
セッションの終わり際、プログラムディレクターの齋藤医師と「医師は職人だから」という話をしました。
ここで言う「職人」は、敢えて英訳すれば Expert。
志を同じくして集った者たちが、年齢や経験を問わず、真剣に切磋琢磨(しかし、その現場は、和気あいあいとしており、言いたいことを何でも言える、間違ってもぜんぜん大丈夫な絶対安全空間)を行い、診断と治療の卓越と洗練を目指す。
そういう意味での「職人」です。
このような少人数で、閉じた空間で、膝を突き合わせて議論し、互いを高め合う。
これは決して効率的ではありませんし、大規模に「スケール(拡大)」するものでもありません。
しかし、非「効率」的であるからこそ、その TRADE OFF として、得られる「効果」は絶大となり得るのでしょう。
「スケールしないことをする」ことこそが、真のプロフェッショナル、職人としての医師を育てるためには不可欠だと考えています。
AIが文字化された知識を補完してくれる時代だからこそ、人間にしかできない「行間を読む力」「文脈を理解する想像力」、そして「自らのバイアスを乗り越える判断力」が問われる時代がきます。
あい友会は、効率化を進める一方で、こうした地道で泥臭い、しかし本質的な「職人が職人を育てる」場を、これからも大切にしていきます。
また、当法人の教育制度やフェローシップにご興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。