がん患者さんに在宅医療ができる3つのこと
目次
在宅医療を選択するがん患者さんが病院から言われる言葉
地域中核病院やがんセンターなどから退院して、在宅医療の道を選択するがん患者さんは、近年とても増えてきています。
外来での通院治療ではなくて、在宅医療を希望してくるということは、がんの病状としてはかなり重い状況です。そのような方に、筆者のような在宅医療を専門としている医師あるいは医療チームは、何を目指して医療を提供しているでしょうか?
まず、そのような病状の重いがん患者さんは、病院を退院するにあたって、時として次のような厳しい言葉を言われてきます。
「〇〇さん、今まで本当にがんとの戦い、頑張られましたね。手術も受けましたし、その後の化学療法も、吐き気などに耐えて、本当に頑張られました。でも残念ながら、がんは脳や肺、さらには肝臓まで転移していて、次第に大きくなってきています。体力も落ちてきてしまったので、とても今後の抗がん剤治療に耐えることはできないのでしょう。つまり、このまま病院に入院していても、できることはありません。退院をお願いできないでしょうか。」
このような言葉を聞いて、患者さんやそのご家族の頭の中では、次の言葉がリフレインしています。
在宅医療を選択するがん患者さんの憤り
「もうできることはないんだ。入院も継続できないというし、見捨てられてしまったんだ。」
筆者のような在宅医療専門医が、進行したがん患者さんのところに初めて伺うときは、患者さんとそのご家族はこのような心理状況にあるかもしれないと、心構えをして望みます。
実際、このような心情を言葉に出して、「あんたたちは何しに来たんだ。病院では、もうどうしようもないと言われて、退院してきたんだ。今更来ても遅い。とっとと帰れ。」と吐露する人もいます。
ここまで極端でないにしても、次のような言葉はよく聞かれます。
「わざわざ家まで往診に来てもらってありがとうございます。何とか退院してくることができました。先生方には、今後2週間に一度くらい来ていただければ、いいのではないかと思います。また訪問看護ステーションの方には、週に一度くらいでいいかもしれません。家にいろいろな人が入ることに対してとても気を使って疲れてしまうので、できるだけ来ないでください。」
在宅医療ががん患者さんにできる3つのこと
在宅医療に来られたがん患者さんには、在宅医療を拒否したくなるほど絶望を感じている方、拒否しているわけではないけど在宅医療の必要性を感じられない方、そして在宅医療を受け入れながらも生きる希望をなくしている方などがいらっしゃいます。
それぞれの患者さんに対して我々、在宅医療医ができることはたくさんあります。
在宅医療ができることを少しずつ伝える
先ほどの言葉のような絶望の淵にいる、あるいはあきらめの心境にあり、在宅医療を拒否している相手には、会話の中で、少しずつ在宅医療チームができることを認識していただけるように工夫します。
医師「そうですか。無理もないですよね。〇〇さんには、私たちは必要ないかもしれませんね。まあ、今日はもう来てしまったので、ちょっと話を聞かせてください。あそこに飾ってある写真に写っているきれいなお嬢さんは、娘さんですか?今はどこにお住まいなのでしょうか?会いたいですよね。」
患者さん「コロナで来るなと言っているんだ。東京に住んでいるし。」
医師「そうですか。それは寂しいですね。ところで〇〇さんは、コロナのワクチンは接種しましたか? 私たちがご自宅でも打つことができますよ。ワクチンを打っていれば、感染する確率も下がるし、娘さんにもしっかりマスクをつけてもらえれば、お話しするくらいでしたら、それほど危険はないですよ。ところでお通じの具合はどうですか? 薬の副作用なんかでお通じが出にくいのではないですか?」
患者さんに寄り添って在宅医療の利便性を伝える
続いて、在宅医療を拒否しているわけではないけれど、在宅医療チームが訪問することの必要性をあまり理解できていないと思われる相手やそのご家族には、在宅医療でできること、利便性等を丁寧に説明します。
医師「〇〇さん、こんにちは。今日からよろしくお願いしますね。病院では残念ながら、病気そのものに対しての治療について、もうすることがないからと退院を勧められたかもしれませんが、おうちに帰って来ると、いろいろとできること、やれることがありますから、安心してください。」
すると、相手が視線をこちらに投げかけます。
医師「まず、いろいろお話やご質問を伺うことができます。病院では、先生方や看護師さんが一生懸命してくれたと思いますが、忙しくて、ゆっくりと対話する時間がなかったのではないでしょうか。私たちは、毎週1回の診察で1時間ほどの時間を用意しています。また毎日来る訪看さんも、最低30分ほどは滞在して、全身状態の観察、体の清潔の維持、また排便コントロールをしますので、その間にも色々話ができます。」
患者さん「面倒を見てくれる予定の息子も嫁さんも、昼間は仕事しているので、俺一人なんだけど、来てくれるんかい?」
医師「はい。もちろんですよ。あと、食事はどうですか? 水分は十分取れていますか? 舌を見せてみてください。ああ、少し乾燥して、舌苔もありますね。連携している歯科医院に、口腔ケアに来てもらいましょうか? もしかしたら、ご飯が美味しくなるかもしれませんよ。」
患者さんが人生を肯定できるお手伝いをする
そして最後に、在宅医療を受け入れてはいるが、いわゆる希望をなくして、じっと天井を見つめ、自分から言葉を発することがなくなっているような、ちょっとうつ状態の相手には、次のように話します。
医師「〇〇さん、こんにちは。はじめてお伺いいたしました。病院から紹介状をいただいているので、病気のことや現在の病状のことはある程度わかりますので、安心してくださいね。ところで、お仕事は何をしていたのですか?」
患者さん「エンジニア。」
医師「え、エンジニアって、何をしてたんですか?車関係ですか?」
患者さん「電子カルテを作るエンジニア。」
医師「え、電子カルテって、15年くらい前からやっと普及し出したと思うんですけど、どこでエンジニアをしていたんですか?」
患者さん「△△。知ってるかい?」
医師「もちろんです! 随分とお世話になりました。もしかしたら、私たちが出した要望を、〇〇さんが解決してくれたのかもしれませんね。」
患者さんは病気になることによって、とかく自分自身を責めたり、嘆いたり、そして仕方ないことではありますが、入院中の行動制限などによって自由を奪われてしまうことにより、自分自身の存在、生きてきた意義、それら全てを失って、二度と取り返せないという絶望感に陥ってしまっていることが多いのです。
でも果たしてそうでしょうか? 在宅医療の究極的な目標は、患者自身の自尊心の復活、自分自身の人生に対しての肯定的な見方の復活だと捉えています。