キャリア

【医師のキャリア/転職】病院で日本一の分野をつくることの効果【訪問診療】

野末 睦
医療法人あい友会 理事長
野末 睦

わたしが院長をつとめていた庄内余目病院は、山形県の日本海側にある庄内平野のど真ん中に位置し、中規模のケアミックス型病院でした。

わたしが赴任した時には300床規模の病院にもかかわらず、しっかりと働ける医師はわずか5人程度と大変厳しい状況でした。

毎月10回以上の当直をしながら、どうしたらこの状況から抜け出せるのかと、悶えながら考えていました。

そんな頃に、わたしが一筋の光明と感じたのは、非常勤医師として応募してきてくれた齋藤中哉先生からの強烈なメッセージでした。

A4用紙5枚ほどにびっしり書き込まれたその手紙には、彼自身が非常勤医師として、庄内余目病院の透析業務にどのように貢献できるかという説明とともに、病院の広報戦略、さらには医師獲得、研修医獲得を最終目標とした医学生向けのセミナーの開催の必要性が、熱く語られていました。

その長文を読みながら、わたしの体は感動でぶるぶる震えはじめていたのです。

思わず椅子から立ち上がって、院長室の中をぐるぐる回り始めました。

それまで2年間ほど、わたしは田舎の病院の厳しい現実と闘ってきて、心が折れそうになっていました。

ところが、その手紙を読むにつれて、わたしの心の中には、日本中から医学生が集まってきて、はつらつとセミナーに参加し、病院実習、意見交換をしていく姿がありありと浮かんできたのです。

10時間以上のディスカッションに目を輝かす学生たち


そして齋藤先生のアイデアは実行されていきました。

最初は春休みと夏休みの期間に、全国から医学生を6名ほど募り、4泊4日の日程でセミナーを行ったのです。

セミナーのうち半分の時間はいわゆる病院実習として、病院の各部署で実践的な実習現場体験を行ってもらいました。そしてもう半分の時間は、齋藤先生が主導して、クリニカルケースシミュレーションというディスカッション主体の座学を行ったのです。

例えば腹痛の患者さんが外来に来てからの、医師としての対応について、様々な臨床情報を途中で提供しながら、治癒するところまでをシミュレーションしていくのです。

一人のケースのディスカッションに10時間以上をあてるという、常識では考えられない濃密さを持ったシミュレーションスタディでした。

わたしもその様子を実際に見るまでは、たった一つのケースに10時間もかけては、皆眠くなってしまうのではないかと考えていましたが、そうではありませんでした。

時間の経過とともに、参加者の目は輝きを増し、そして議論は白熱していったのです。最後には感動して涙を流す学生さんまで出てきました。 

この教育関係のセミナーは、ますます発展を遂げ、近年では「医学生、看護学生、薬学生が共に学ぶインタラクティヴセミナーin余目」と銘打って、医学生はもとより、看護学生、そして6年制に移行した薬学部の変化も採り入れて薬学生も参加者として受け入れるようになりました。

このセミナーには、大学の先生方も見学に来るようになり、まさに全国一の内容となってきています。

学生向けセミナーが職員意識を変える


このセミナーを、庄内余目病院で開催することによって、職員の意識も変わってきました。

それまで職員たちは、「医師も看護師も足りなくても、困っている患者さんがいるなら、何とか救急車を断らずに、最低限でもいいから医療を提供していきたい。

でも田舎だからこのレベルで仕方ないか」というように、熱い志はあるものの、実際に提供できる医療レベルには限界があり、モチベーションも下りがちでした。

それがセミナーの成功とともに、自分たちにも、日本のトップレベルのことができるんだと思い始めたのです。

セミナーの中でのケースシミュレーションでは、庄内余目病院の看護師や薬剤師が、セミナーを主導する齋藤中哉先生とともに、講師役を務めるようになりました。

シナリオは齋藤先生が提供してくれるとはいうものの、10時間以上にわたって、学生さんの質問に答え、ディスカッションの流れをコントロールし、学生間の理解の差を埋め、皆が楽しめるものにしていくことを、毎回毎回実行していくのです。

職員たちはセミナーが終了するたびに、参加した学生さんとともに、大きな達成感を味わいます。

そして、大きな進歩を遂げるのです。

こうした様子を見て、日本一の分野をつくることは、その病院の進歩にとって不可欠なことだと思っています。

参考までに、セミナー参加者の感想文の一部を引用しておきます。


引用―――また、講師の齋藤先生を始め余目病院のスタッフの方々には素晴らしい指導、サポートをしていただきました。

初日からすぐに緊張がほぐれ、セミナーに入り込むことができました。

これだけの大人数の学生を受け入れ、指導していくためには、わたし達には想像できない大変な準備が必要で、当日もご迷惑をかけてしまったと思います。

しかし全てのスタッフの方が優しく対応してくれたことで、質問をしていいのかということを考えることなく集中することができました。

4 日間本当にありがとうございました。

最高の経験をすることができましたが、終わってみるとここで学んだことは医療従事者 全員が身に付けるべきことだと改めて思います。

これから毎年続いていくことでいつかこのセミナーの内容が大学の必修のカリキュラムになる日が来るのではないかと思っています。

ぜひまた違う形でも参加したいと思っています。――引用終了

「日本一の分野をつくると、院内にどんな効果がもたらされるでしょうか?」への私的結論


 病院内に日本一、地域一の分野を作り育てていくことは必須で、それが職員全員のモチベーションアップ、進歩につながります。

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この記事を書いた人 野末 睦
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総合内科 消化器外科 日本在宅医療連合学会 認定専門指導医

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