【訪問診療 体験談7】一人暮らしで頑張って 〜自分の生き方を貫いて〜
背が高く、鮮やかな黄色に紅葉した一本の銀杏の木が立っていました。
そのわきに、周りを生垣に囲まれ、土間を通って入って行く大きな古い家がありました。
そのお宅には、そろそろ七十歳を迎えようとする男性が、こたつに入ってうずくまっていました。
以前は農家として生計を立てていたお宅だと思います。私たちがうかがったときは、その家の跡継ぎである中村さんが、サラリーマンとして、企業戦士として、働いているうちに離婚し、いつの間にか一人暮らしとなっていました。
もちろん農業はやっておらず、少し離れたところに農地だけはあるとのことでした。
グループホーム施設長からの相談
中村さんのご近所の方が、どうも最近中村さんの顔をみない。心配だから様子を見てくれないかと、中村さんの近所にあるグループホームの施設長に相談にいらしたのです。
秋も深まったころのことでした。
すぐに施設の職員がうかがってみました。
中村さんに話を伺うと、家の中でなんとか身の回りのことだけはやっているとのことでした。
その半年ぐらい前に、健診で肺癌が見つかり、しかもそれが腰の骨に転移しているといわれたとのこと。もう治らないんだと感じたそうです。
そして、足が不自由になって病院にもひとりで通えなくなったので、家でじっとしていたとのことでした。
その話を聞いた職員は、すぐに施設長に相談。
その施設の患者さんを何人か訪問診療していた私たち「あい太田クリニック」に相談したのでした。
ひとりで生きるという強い意志
そして、冒頭に書いたように私たちが中村さんのお宅に伺い始めました。
中村さんにとって、一番の問題点は痛みでした。
腰椎に転移していたため、そこから出て足にいく神経が圧迫されて、持続的なジーンとする、何とも言えないいやな痛みが24時間続いていました。
またそのために、両足が思うように動かせなくなって、立つことはもちろんできず、這って歩くのも困難になり、足を手で持って動かしている状態でした。
家の中も掃除ができておらず、いろいろなものがうずたかく積みあがっていました。
そんな中で、おそらく一日中、こたつにあたって、洋画のDVDを見続けているようでした。
普通に考えると、病院に入院して治療したり、施設に入って療養する体の状態であり、まして一人暮らしという家庭環境からも入院や施設への入所が必要な状態だと思われたのですが、どうしても自宅に一人でいたいとのこと。
その理由ははっきりわかりませんでしたが、ずっと一人で自由に生活してきたこと、またその土地、家に対しての想いが強いように思われました。
中村さんの生活と療養を支える体制は、ケアマネージャーさんを中心に組みたてられました。
私たちクリニックが月に二回、訪問看護ステーションからの看護師は週に一回、そしてヘルパーさんが週に三回はいることになりました。ヘルパーさんは、お部屋の掃除をしたり、お昼ご飯をつくったり、買い物に行ったりと大忙しです。
中村さんは、幸い車いすで多少動けましたから、ヘルパーさんの作ってくれるご飯以外にも、自分で焼き肉などを作って食べていました。でも正直申し上げて、かなり不自由な生活であったことは間違いありません。
年金でまかなう治療費
痛みのコントロールが訪問診療医としての当初の目標でした。普通の痛み止めとともに、医療用麻薬を徐々に増やしていきました。
ところが、その過程で、厳しい現実を突きつけられてきました。
それは「お金」の問題です。
中村さんの収入はおそらく年金だけだったのでしょう。しかも貯金がほとんどない状況のようでした。
痛みが強く、生活の維持も大変だったので、訪問診療も、看護師の訪問看護も、ヘルパーさんも、もっと頻回に訪問したかったのですが、お金が払えないということで、前段で書いたような頻度になったのです。
加えて、痛みの程度に応じて増量していった医療用麻薬ですが、この値段が通常の薬よりも格段に高額のために、少しでも少なく抑えるように依頼されたのです。
そして痛い時は、夜などに電話がかかってくるのですが、相談しながら、できるだけ少ない量で痛みをコントロールするにはどうしたらよいか、様々な工夫をしました。
また月ごとにまとめて診療費の自己負担分をいただくのですが、年金の受け取り日まで払えないということで、何度か支払いを猶予しました。
料金支払いの優先順位としては、医療用麻薬を提供している薬局への支払いを優先したいと考えたからです。
ある月の薬剤費をみると、薬剤費だけで14万円を超えるものになっていて、その他の調剤費などを含んで、薬局への支払いが15万円を超え、自己負担はその3割となり、5万円近くなったのです。
ちなみに私たちクリニックへの自己負担分の支払いは、やはり安くはないですが、2万円を少し超えるくらいでしたので、いかに医療用麻薬が高額であるかわかると思います。
床ずれの発生
このようにして始まった一人暮らしでの療養生活ですが、日々の課題をなんとか解決しながら過ごしていき、いつの間にか一年が過ぎようとしていました。
その中で、私たちとしては、とても反省することがおきました。
それは、褥瘡(床ずれ)の発生です。ずっとこたつで座っているので、いつの間にかお尻の骨(座骨)のところに大きな褥瘡ができてしまったのです。
下半身の感覚も鈍っているご本人から、訪問看護師に、何かパンツにツユみたいなものがついていると報告があり、チェックしてみると、驚くほどの褥瘡ができてしまっていました。
週に一度、訪問看護師がチェックはしていたのですが、病状の進行とともに動ける時間が減り、あっという間にできて、悪化してしまったのです。
やはり、一週間おきの訪問看護では足りなかったようです。
それとともに、そのような危険があることをあらかじめご本人にしっかり伝えてなかったことを反省しました。
幸い、その後の治療と座っているときの姿勢の工夫で、褥瘡はどんどん小さくなっていきました。
驚くべき患者さんの工夫
もうひとつの、驚くべき変化は、下肢のむくみの変化です。
診療開始当初より、両足のむくみがひどく、なかなか対処が難しかったのですが、あるとき中村さんが、「先生、足のむくみがとれたよ」とニコニコしながら話してくれたのです。
早速足を拝見すると、確かに前回診療時に、象さんの足のようにむくんでいた足が、すっきりしているではありませんか。
「え、どうしたのですか?」とお聞きすると…
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