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【訪問診療 体験談9】何百万の治療でも、治るのならば 〜ご主人の悲痛な叫び〜

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ある週末、金曜日の夕方に、病院の地域連携室から、その電話はかかってきました。

四十代半ばの乳がんの女性が、がん性胸膜炎、がん性リンパ管症をきたして、かなり重症になって、これ以上の抗がん剤治療もできず、退院となるので、診てほしいということでした。

退院は急いでいて、退院調整会議をやっている時間的余裕はないとのこと。

翌週の月曜日に退院となるのでよろしくとのことでした。

もちろんすぐにお受けしましたが、年齢的なことを考えると、私の心は沈みがちになっていきました。

退院して初めての訪問診療


月曜日の午後に退院でしたので、退院後一時間ぐらいして、私と看護師で訪問診療に向かうと、ご主人が家から出てきて迎え入れてくれました。

南面が大きなガラス戸になっている開放的なリビングで、加藤さんはソファを背に、大きなカウチの上に足をのせて、リラックスした感じで座っていました。

電話でうかがった話から想像していた状態よりは一見元気そうな感じでしたので、ほっと一安心。

周りにはご主人はもちろん、ご主人の母親、加藤さん自身の母親も顔をそろえ、まだ小学生かなと思われる女の子も横のテーブルで宿題らしきものをやっています。

また私たちとともに医療を提供する訪問看護ステーションからの看護師、ケアマネ、そして酸素濃縮器を提供する業者も顔をそろえてくれていました。


あらかじめ、病院からは診療情報提供書で今までの経過などはいただいていましたが、当事者からいろいろな事情を聞くのはとても大切だと感じていましたので、奥さんを傍らにして、ご主人が話を始めるのを少し待ちました。

ご主人の顔はややむくんでいて、疲れが見受けられましたが、目はカッと見開かれ、緊張と不安とが交錯している表情をされていました。

ご本人はむしろリラックスされ、ゆっくりと穏やかに話をされているのとは対照的でした。


私がご主人に目を向け、ゆっくりとうなずいて、話をしてくれるように軽く促すと、ご主人は堰を切ったように話し始めました。

話したいことが山ほどある上に、やや興奮しているのでしょう。

その話はとびとびで、わかりづらかったのですが、できるだけ遮らないようにしてお聞きしました。

ご主人の想いと一縷の望み

ご主人のお話は「●月●日まで、元気でいられるようにしてくださいね」から始まったのです。

その日に、あるクリニックで細胞免疫療法を受ける予定なので、その時までなんとしても、受けられるだけの体力を維持してほしいとのこと。

その後今までの経過をとりとめなく話していかれました。

話が何とか一段落したころ、できるだけ問いただす感じにならないように気をつけながらお聞きしました。

「その細胞免疫の治療にはいくらかかるのですか?」

「よくわからないのですが、とにかく最初に100万円、そのあと何回か100万円単位で払うようです。でも望みがあるなら、お金のことはいいんです。私たちにとって、一縷の望みなのですから」


この話を聞いたときに、私はかなり戸惑いました。今までの多くの患者さんやその家族は、ある意味覚悟ができていて、このような自費による抗癌剤治療を希望される方はいませんでした。

そして、この患者さんは若いだけに、最期まであきらめきれないというご主人の気持ちも痛いほどわかります。

実際、標準的な治療を提供している病院からは、これ以上の抗癌治療は不可能だと言われてしまっているのですから、同じ基準で物事を考えている私としては、治療法がなくて申し訳ないという気持ちもあります。

今までの患者さんやその家族には、比較的歯切れよく予後(今後の病状についての医学的な見通し)の話などをしてきましたが、加藤さんとそのご主人にはそう簡単に、その治療法を否定するような話はできません。

最初の日は「お話はよくわかりました。自費の治療については、やはり効果がはっきりしないことと、あまりに高額であることを考えると、私としてはお勧めできません」とだけ申しあげて、帰りました。

望みを懸けた治験薬の投与

さらにその数日後、ご主人からは丸山ワクチンを使いたいとの申し出が来ました。

ご存知の方も多いと思いますが、丸山ワクチンは私が医師になったころから既に存在し、多くの患者さんから期待がかけられ、使われてきましたが、残念ながら有効だというデータを示すことができなかったのでしょう。いまだに正式な認可が下りず、治験という形で続けられているものです。

私としては、やはりお勧めできないものですが、幸い患者さんの金銭的負担は先ほどの治療に比較すると軽いと思われたので、投与に協力することにいたしました。

すぐにご主人が東京まで出向き、説明を聞き、そして丸山ワクチンを持って帰ってこられました。

それから週に三回の皮下注射を開始したのです。

加藤さんご本人も、その効果に期待を寄せていました…

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